Photo Gallrey 25-昭和7年の地図
 
資料提供:白瀧呉服店/成増・赤塚周辺の地図 昭和7年10月1日時点
隣接町村併合記念の東京日日新聞付録「大東京最新明細地図」の一部。
大正時代、赤塚、志村、板橋、練馬、大泉あたりは東京府北豊島郡の村でしたが、昭和7年に東京市板橋区の町になりました。(練馬区は、昭和22年に23番目の区として板橋区より独立)
この頃から徐々に農村から町へと変わっていったのでしょうね、
区の資料には、川越街道の白子へ続く坂は、昭和8年9月に幅員25メートル道路に開削して完成したとあるので、地図はちょうど工事中の頃でしょう。旧川越街道が分かる貴重な地図です。
成増駅の北西(左斜め下の方)にある水色の池の辺りが、昭和初期に映画館や小動物園があり、ボート遊びやお花見も楽しめたという行楽地「兎月園」かもしれません。 溜池の方から、下土支田に伸びる赤い計画線の一部が、今の赤塚高台通りで、 溜池の北で右に西台方面へ曲がる赤い計画線が、今の高島通りになったのかもしれませんね。