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成増・赤塚周辺 / 練馬区光が丘周辺 / 和光市白子周辺 |
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名 称 区立赤塚溜池公園
所在地 赤塚5丁目-35-27
交 通 ・東武東上線 下赤塚駅北口下車徒歩約20分
・成増駅北口から赤羽駅行バスで赤塚八丁目下車 徒歩5-6分
・都営三田線 西高島平駅 徒歩15分 |
昭和43年に開園した板橋区立の公園で、池の周囲には200本ほどの梅の木が植えられていて、毎年梅祭が行われています。
夏には釣り人や涼を求める人たちで賑わっています。
赤塚城本丸跡、区立美術館、郷土資料館が隣接しています。 |
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名 称 赤塚城本丸跡
所在地 赤塚5-35
溜池公園南側から登る小山(丘)の上にある。
交 通 ・東武東上線 下赤塚駅北口下車徒歩約20分
・成増駅北口から赤羽駅行バスで赤塚八丁目下車 徒歩5-6分。
・都営三田線 西高島平駅 徒歩15分 |
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歴史
赤塚城本丸跡は、通称「お林山」と呼ばれていた小高い丘の上にあり、現在は都立赤塚公園の一部になっていて、広場、梅林、桜並木などがあります。
室町時代中期の康正(こうしょう)2年(1456)、古河公方足利成氏(しげうじ)の軍に追われた千葉実胤(さねたね)、自胤(よりたね)兄弟は市川城を逃れ、大田道灌(どうかん)の助けをかり自胤は赤塚城主になりました。
天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めで後北条氏が滅び、徳川家康が江戸城に入府する頃まで千葉一族の居城でした。 赤塚城は中世の曲系的な平山城で、この台地の周囲には空壕など遺構ががわずかに残っているだけです。
貝塚
赤塚城址からは貝塚も発見されています。昭和26年(1951)、茂呂遺跡の発見者でもある滝沢浩氏が、台地の北側斜面で発見しました。その他縄文式土器、石鍬、石斧などが発見さてれいます。
(板橋区教育委員会の資料より) |
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