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歴史
厄除けの神様として近在に知られている。もとは諏訪山と呼ばれた山林の中、ちょうど現在の国立埼玉病院の近くにあった。それがのちにこちらへ移され、ちょうどオリンピック道路と川越街道の交差する和光陸橋のあたりにあったが、バイパス工事で道路にかかったので現在の地に移された。
平安の末期、宿の民衆が社を造り建御名方之神を祀った。江戸中期になり白子宿に悪い病気が蔓延した時、苦境に陥った村人たちが神社に疫病快癒の祈願をしたところすぐに全快したといわれている。また、だびたび蛇に姿を変え子供たちと遊んだとも言い伝えられていることから、悪病除けと子育ての神として近在の信仰が厚い。
例年7月26、27日の祭礼には多くの参拝者で賑わう。神社に茄子の紋章があることから近在の農家ではその年に初めてとれた茄子を供え悪病にかからぬように祈願したあと、供えた茄子の半分を持ち帰って食すという風習が現在も残っている。
昔は、四町八反の諏訪山があったが、村人がその森林を開墾して畑とした。その際土中から銅製の鏡が発見され、これを機にに明治7年、社を建てかえてその鏡を御神体として祀り今日にいたっている。
「白子の民族」和光市編さん資料5より
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