名所施設 成増・赤塚周辺 / 練馬区光が丘周辺 / 和光市白子周辺  
 
諏訪神社  MAP 1-B3
 
 
諏訪神社
御祭神 建御名方之神(たけみなかたのかみ)
所在地 和光市白子2丁目-13-1
交 通 ・東上線成増駅から徒歩15分
 

歴史
厄除けの神様として近在に知られている。もとは諏訪山と呼ばれた山林の中、ちょうど現在の国立埼玉病院の近くにあった。それがのちにこちらへ移され、ちょうどオリンピック道路と川越街道の交差する和光陸橋のあたりにあったが、バイパス工事で道路にかかったので現在の地に移された。 平安の末期、宿の民衆が社を造り建御名方之神を祀った。江戸中期になり白子宿に悪い病気が蔓延した時、苦境に陥った村人たちが神社に疫病快癒の祈願をしたところすぐに全快したといわれている。また、だびたび蛇に姿を変え子供たちと遊んだとも言い伝えられていることから、悪病除けと子育ての神として近在の信仰が厚い。 例年7月26、27日の祭礼には多くの参拝者で賑わう。神社に茄子の紋章があることから近在の農家ではその年に初めてとれた茄子を供え悪病にかからぬように祈願したあと、供えた茄子の半分を持ち帰って食すという風習が現在も残っている。 昔は、四町八反の諏訪山があったが、村人がその森林を開墾して畑とした。その際土中から銅製の鏡が発見され、これを機にに明治7年、社を建てかえてその鏡を御神体として祀り今日にいたっている。 「白子の民族」和光市編さん資料5より

 
 
東明禅寺(吹上観音)   
 
 

臨済宗 福田山 東明禅寺(吹上観音)
 
所在地 和光市白子3丁目-14-13
交 通 ・東上線成増駅から徒歩20分


百庚申

歴史
東明寺の創立は、室町時代に善明国師と伝えられている。元亀2年(1571)の銘のある鰐口(丸く平たい鐘)は、寺宝で市の有形文化財に指定されている。

吹上観音堂は、天平年間(729〜49)に、行基菩薩が東北巡行のおり、ここに立ち寄って観音様の像を刻んだのに由来すると伝えられている。江戸時代から、秩父34ケ所の観音霊場など肩をならべた観音霊場として盛んに信仰された。安永5年(1776)火事で堂が焼けたが、焼け跡の中からわずかにこげた観音像がとりだされた。現在の堂は、昭和49年に大改修したもの。

毎年3月第2日曜日には、市がたつ。

百庚申/裏手の小高い場所に庚申塔が2列並んでいて百庚申と呼ばれている。普通道端や辻などに1基から数基建てられるが、ここのは全国的にも珍しく親庚申と子庚申134基林立している。宝永11年から明治まで年代は様々だが、嘉永元年から2年の間に60数基集中して建てられている。

力石/境内に大きな丸石が並べられている。これは、江戸時代から明治にかけて村の若者たちが力だめしに持ち上げたもので、力石と呼ぶ。持ち上げることが出来た人が、記念に神社へ奉納したもの。